antenna石川町とは
横浜ならではの文化に裏打ちされた体験(=コト)をブランド化して製品化(=モノ)しようと、石川町各商店街の有志が集まって結成された石川町活性化委員会により、企画がスタートいたしました。
そして誕生したのが、横浜石川町で生まれたブランド「antenna石川町」です。この町の魅力を伝えられるような商品開発を目指してまいります。
石川町1丁目のアンテナショップでは、「antenna石川町」の商品を販売しております。ぜひお気軽にお立ち寄りください。石川町にお越しいただいた記念に、大事な方へのお土産に、「antenna石川町」商品を選んでいただけましたら幸いです。
石川町ビール
石川町ビールって
今回、ご協力いただいたのは国産ビール発祥の地「横浜」のブルワリー「横浜ビール」さん。
横浜市内で最も長い歴史を持つローカルビアカンパニー「横浜ビール」は、歴代の醸造士が築き上げた伝統的で飽きずに飲み続けられる綺麗なビールが揃い、多くの受賞歴を誇ります。そんなクラフトビールファンにはおなじみの醸造所と、ここ石川町とのコラボレーションにより「石川町ビール」が誕生いたしました。
地ビールファンからビールを飲み慣れない方まで、幅広い方に石川町までお越しいただけたら幸いです。ビールの歴史に思いを馳せながら、この町と「石川町ビール」をぜひお愉しみください。
YOKOHAMA LAGER (ラガー)
ホップ由来の柑橘を思わせる清々しい香りと、しっかりとした苦みのバランスが絶妙のラガービール。ビールを飲み慣れている通好みの味わいで、濃いめの味の料理によく合います。
PILSNER (ピルスナー)
美しい黄金色をしたチェコスタイルのプレミアムビール。コクのあるモルトのフレーバー、チェコ産アロマホップ由来の上品な香りと苦味で、飲んだ後まで心地良いホップの余韻が続く飲みやすいビールです。
WEIZEN (ヴァイツェン)
ドイツ酵母由来のバナナやヴァニラをほのかに感じるフルーティーな香りの白ビール。苦味が少なく、普段ビールを飲まない方からの人気も高い、やわらかいテイストです。
DUSSELDORF ALT (アルト)
ドイツデュッセルドルフ伝統の琥珀色のビール。焼きたてのビスケットに例えられるローストされた麦の香ばしさと酵母によるみずみずしくほのかに甘い香りが特長。苦味は控えめでふくよかな味わいのあるビールです。
横浜とビール
横浜がビール発祥の地であることを皆さんはご存知でしょうか。写真はキリン園公園(神奈川県横浜市中区千代崎町1-25)にある「麒麟麦酒開源記念碑」 。のどかな公園の一角に、大きな石碑が建てられています。
1859(安政6)年に横浜が開港されると、海岸から山手にかけて横浜居留地が形成され、外国人が商館や住居を設けて暮らし始めました。当初は日々の必需品を輸入に頼っていたのですが、ビールもそのうちの一つ。今日わたし達が慣れ親しんでいるビールは、海を越えてやって来ていました。1861年に発行された横浜初の新聞「ジャパン・ヘラルド」にはビールの広告が掲載されています。
横浜に初めてビア・ホールができるのは、幕末の1865年。上陸した水兵は、軍艦では飲めなかったビールを求め、ホールに走ったと言われています。入荷が不定期で高価な輸入品のビールですが、需要は高まる一方で、醸造所の開設が求められるようになりました。これを受け、1869(明治2)年に山手46番地にジャパン・ヨコハマ・ブルワリーが開設されますが、これは短命に終わります。
ある日、ノルウェー生まれのアメリカ人ビール醸造技師コープランドが散歩の途中、山手の天沼山腹に湧き水を見つけました。これがビール醸造に適した水だったのです。1870(明治3)年、コープランドはここにスプリング・バレー・ブルワリーというビール醸造所を建てました。製品は「天沼ビアザケ」と呼ばれていたそうです。
1885年、この醸造所の土地と建物は別会社ジャパン・ブルワリーに引き継がれます。さらに、1907年にこれを引き継ぎ麒麟麦酒株式会社が設立され、関東大震災までビールを生産していたそう。写真の石碑はこれを記念して建てられたもので、公園前の道は「ビヤザケ通り」と呼ばれています。
往時の石川町
石川町を流れる中村川の、石川町駅すぐ近くに掛かるのが「亀の橋」。ここのたもとにはその昔、銀座のデパート松屋の前身である鶴屋呉服店があり、たいそうな賑わいを見せていたそう。明治から大正にかけて、地蔵坂は下町と山元町方面、北方、本牧方面への幹線道路として、昼夜を問わず荷馬車の往還でにぎわっていたそうです。この坂は急勾配だったため、亀の橋ぎわには「押し屋」が待機していて、大八車や荷馬車の後を押してくれたとか。
中村川に目を転じると、こちらも横浜港と周辺地域を結ぶ重要な水路として、多くの船が行き交う活気溢れる様子が偲ばれます。さまざまな荷物をここから荷揚げし、陸路で運んでいたのではないでしょうか。その中には「ビヤザケ」もあったかもしれませんね。
石川町ビールを飲みながら
今も昔も変わらず人々の渇きを潤してくれる黄金色の液体「ビール」はこうして横浜では特別な歴史を残しています。陸・水の物流の要所であった石川町近辺でも、ビールは非常に馴染み深いアイテム。遠く幕末、明治の時代に思いを馳せながら「石川町ビール」をぜひ味わってみてくださいね。
「横浜もののはじめ」横浜市図書館 昭和36年
「横浜もののはじめ物語」斎藤多喜夫 有隣新書 平成29年
「横浜もののはじめ考 第3版」横浜開港資料館 2010年
「横浜・石川・打越散見」石川・打越地区連合町内会 昭和52年
「かながわ歴旅」サイト 神奈川県国際文化観光局観光部観光企画課
「横浜港と周辺地域を結ぶ重要な水路」田邉徳子・古谷勝則 J-STAGEサイト 2014年